伊福部昭音楽資料室は、2005年11月音更町図書館2階に開設しました。音更ゆかりの偉大な作曲家の資料を収集し、末永く保存していくことは大変意義深いことと考えております。町内外の多くの方々にご利用いただけたら幸いです。

(音更町図書館長)

伊福部昭
若かりしころ、ピアノの前で

伊福部昭紹介文

 伊福部昭は日本を代表するクラシック音楽の作曲家です。その民族主義と呼ばれる創作姿勢は戦前戦後を通して時流におもねることなく一貫しており、作品の原風景となったのは父の音更村長就任に伴って少年期から青年期を過した音更村での開拓移住者の唄う民謡であり、アイヌ民族の伝統音楽でありました。

 大正3年、釧路市幣舞に生まれ北海道で32歳まで過しました。札幌二中(現札幌西高)の二年生の頃から同期の三浦淳史の勧めによって独学で作曲を始め、北大農学部林学実科在学中の19歳の時、最初の代表作「日本組曲(ピアノ組曲)」を作曲。北大を卒業後、地方林務官として厚岸に赴任した21歳の時には最初の管弦楽曲「日本狂詩曲」が国内の音楽界を跳び越えパリでチェレプニン賞を受賞するという快挙を成し遂げ、若くしてその名を広く知られるようになりました。その後も、本業の傍ら「土俗的三連画」や「交響譚詩」等の作品を北海道から発信し続けました。戦後、昭和21年に上京。請われて東京音楽学校(現東京芸術大学)作曲科講師に就任し、芥川也寸志、黛敏郎らを、同校辞任後も松村禎三、石井眞木らを育て、在野にあって「シンフォニア・タプカーラ」や「リトミカ・オスティナータ」などの大作を次々と発表しました。その後再び請われて東京音楽大学教授、同大学長、同大民族音楽研究所所長を歴任しました。

 また映画音楽の作曲家としても高名で、特撮映画「ゴジラ」の作曲家として知られています。その他「ビルマの竪琴」や「コタンの口笛」など300本以上の映画音楽を手がけています。

 その著書「管弦楽法」は作曲技法の古典として、また「音楽入門」は音楽の哲学書として若い作曲家たちのバイブルとなっています。

 1980年紫綬褒章、1987年勳三等瑞宝章を受け、2003年には文化功労者に選ばれました。

 2006年2月8日逝去(享年91歳)。

資料室のようす
資料室のようす

資料室の構成

 展示パネルでは「氏のプロフィール」、「年譜」の他、終戦後の昭和21年、32歳で上京するまでの足跡を「音更時代」「北海道時代」に分けて、その時代背景や交友関係など様々なエピソードを交えて紹介しています。
  また、240曲の作品を試聴できるジュークボックスや氏及び同級生、愛弟子のインタビュー映像があり、氏の肉筆の書簡、友人や師弟関係を含めた著書や楽譜などを展示しています。

収集品の一部
収集品の一部

主な収集品目

  • 楽譜(音更町歌など)・書籍・研究書
  • 報道記録
  • コンサートやセミナーのポスター、プログラムなど
  • CD、レコード
  • ビデオ等の映像資料
  • 交友関係、師弟関係にあたる人たちに関する資料

 ゴジラを始めとする映画スコアやポスター等、収蔵資料は700点を超えていますが、大半は伊福部音楽を愛する全国の皆様の善意によるものです。どうぞ今後とも皆様のご支援をお願いいたします。

 

問合先 音更町図書館 TEL:0155-32-2424 FAX:0155-32-2566